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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)978号 判決

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)は請求の原因として、被控訴人は控訴人菊池定一郎に対し東京中野簡裁において成立した貸金調停により、元金三十万円及びこれに対する昭和二十四年五月一日からその支払済に至るまで月一割の割合による遅延損害金の債権を有していたが、控訴人菊池定一郎は被控訴人の再三の督促にも拘らず何らの支払をしないので、被控訴人はやむなく右控訴人所有の別紙第一及び第二目録記載の不動産を競売して支払を受ける外ないと決意し、昭和二十六年九月二十五日右不動産の登記簿謄本の下附を受けたところ、右不動産は何れも昭和二十六年七月二十三日附を以て、第一目録不動産については昭和二十年五月十日附売買を登記原因として控訴人の長男である控訴人菊池文一郎に、また第二目録不動産については昭和一五年一〇月五日附売買を登記原因として控訴人定一郎から同控訴人の妻である控訴人菊池たまづるに、それぞれ所有権移転登記がなされていることが判明した。しかしながら右不動産についてなされた売買は何れも真実のものではなく、控訴人父子及び夫婦において被控訴人よりの強制執行を回避するために通謀してなした虚偽行為であるからすべて無効であり、従つてこれに基く前記各所有権移転登記も無効であつて、右不動産は依然として控訴人定一郎の所有にかかるものである。よつて被控訴人は控訴人等に対し前記所有権取得登記の抹消登記手続を求めると述べた。

控訴人等は、本件不動産の売買は何れも真実になされたもので、ただその所有権移転登記申請が遅れたに過ぎないものであるから、被控訴人の控訴人等に対する請求は失当であると述べた。

理由

証拠を綜合すれば次の事実を認めることができる。すなおち、被控訴人が昭和二六年五月頃本件各不動産の登記簿謄本の下附を受けて控訴人菊池定一郎に示し、同控訴人において被控訴人に対する債務を弁済しないときは右不動産に対して強制執行を行う旨警告したところ、同控訴人はこれに異議を述べることもなく、右不動産が自己の所有でないことを理由にこれを阻止しようともせず、しかもその後間もなく本件各不動産につきそれぞれ昭和二〇年五月一〇付、昭和一五年一〇月一五日付売買を原因として控訴人菊池文一郎(定一郎の長男)及び控訴人菊池たまづる(定一郎の妻)のため所有権取得登記のなされた事実、及び控訴人菊池定一郎は、本件不動産のうち建物一棟を昭和二五年二月二〇日、自ら所有者としての資格で東京都に賃貸し、同年被控訴人より本件債務の弁済を求められた際には、右家屋の買収を東京都に交渉中であるから、買収の上は右債務を弁済すべき旨答えた事実、以上の事実が認められるのであつて、これらの事実と被控訴人本人尋問の結果とを綜合すれば、控訴人菊池定一郎は、その所有に係る本件各不動産に対する被控訴人の強制執行を免れ難いことを知り、急にその登記簿上の所有名義をその妻控訴人たまづる及び長男控訴人文一郎名義に変更する手続をとつたものであつて、真実右登記原因の日である昭和二〇年中及び昭和一五年中に所有権移転の意思表示をしたものではないものと認められる。

もつとも、右各登記原因の日に控訴人等主張のような売買が行われていなかつたとしても、右のような売買を原因とする所有権移転登記がある以上、特段の事情が認められないかぎり、右各登記のなされた日までの間には登記権利者と登記義務者との間に売買の意思表示があつたものと推認すべきであつて、その時期が登記簿に記載された登記原因の日付と一致していないとしても、売買の意思表示が真実有効になされているときは右登記はなお登記の当時における権利関係の実体に合致するものとして有効と解すべきであるけれども、本件においては、前掲各認定事実並びに被控訴人本人尋問の結果により、本件各登記の登記原因たる各売買の意思表示は、何れも被控訴人から強制執行を避けるため登記の直前に登記権利者と登記義務者が相通じてなした虚偽の意思表示であることを推認することができるので、右売買は無効であり、右各不動産は現在に至るまで控訴人菊池定一郎の所有に属するものと判断しなければならない。

しかるに控訴人菊池文一郎及び同菊池たまづるは、右各不動産がそれぞれ登記簿上の所有名義人である自己等の所有に属すると主張するので、控訴人菊池定一郎は右控訴人両名に対して、それぞれ右不動産が控訴人菊池定一郎の所有に属することの確認及び右各不動産に対する所有権取得登記抹消登記手続を求める権利がある。

従つて控訴人菊池定一郎に対する債権者として同控訴人に代位して、本件各不動産が右控訴人に属することの確認並びに控訴人菊池文一郎及び同菊池たまづるに対し、本件各不動産につきそれぞれその所有権取得登記の抹消登記手続を求める被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。

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